俺か、俺以外か。

 ローランドの俺か俺以外か。を読んだので感想や思ったこと。アクションプランをここに記録していく。

 

 「惚れた女に振り回されること」これが男に生まれた幸せだとローランドのお父さんは言う。またローランドも生きていくうえで欠かせない物に素敵な女性と語る。男に生まれた以上その事実は変わらない。

 

 惚れた女に振り回されることは女性のわがままを実現する必要があり、時間的、経済的余裕がいる。→「仕事を成功させ経済的、時間的にも余裕のある男」

 人生成功したければやるか、やらないか。ではなくやるか、やるかである。

 自分が思う成功者として、起業して成功した人、ラッパー、Youtuberなど考えられる人生成功したければやるか、やるかで、常に行動をし、失敗を若い内にすることが最大の成長であるので、俺なんて起業できるわけないと考えるのではなく、とりあえず乗りでやるくらい軽い気持ちが大切である。ただし再起不能な失敗は厳禁であるが、またラッパーにも憧れている。ラッパーはなんかかっこいいし自信の塊だと生き方やMVを見ると感じる。また服装も奇抜で自信がないときれないようなものを着ていたりする。ローランドは自信がない人に「自信を持てとは言わない、自信のあるふりをしてみな」という。自信を持てといわれてもてる人はまずほとんどいないし、自信を持てといわれて自信がついていたら現代のほとんどの人は自信があることになる。なので自信をもてと言われてもほとんど意味のない言葉である。自分は最近古着屋と友達と行き多分よほど暗い人に見られたのだろうが店員に「もっと元気だせよ」と言われた。自分の表情や姿勢、仕草、しゃべり方それらの全てにおいて自信のなさがすぐ伝わったのだろう。なのでローランドの自信のあるふりをしてみなという言葉は胸にささった。では自信のあるふり、自信のある人とはなんだろうか悪く言えばこの言葉抽象的なので自分が思う自信のある人は笑顔で背筋がまっすぐ、あいさつが良い、常にポジティブ、声が大きいなどである。なので最初は嘘でも笑顔で、背筋をまっすぐにする事に集中する。忘れるとすぐ猫背になるので、あとはポジティブになるなど。最初は嘘であるけど、そのうちにそれが本当になったら自信がつき、人生が変わるだろう。また服装やアクセサリーをつけても自信がつくと考えている。ラッパーの奇抜な服装をして自信があるふりをする。なかなかパーカーにジーンズの人がすごい柄が入ったアウターやズボンをはくのは勇気がいる。それがはいて街中を歩いたらなんか強くなった気がして自信がわいてくると考える。これは見た目から自信を作っていくことであり、ピアスや派手なアクセサリーも有効ではないだろうか、後は最低限の身だしなみ、ひげを剃る、寝ぐせを治す、鼻毛をぬく、保湿するなどそのような少しずつの事でも自信につながっていく。

ローランドは自信がない人にまず自分を受け入れる。そのうえでどうしたら自信があるように見せられるか視点を変える。背筋を伸ばしてみる。ゆっくりとしゃべってみる。声のトーンを落としてみる。と助言。

 

 人がみていないところで格好つけられないやつがどうして人が見ている時に格好つけられるという言葉も胸にささった。人が見ていない時こそかっこつけることで、人が見ていない時にかっこつけられることができる。これは嫌われる勇気でも書いてあったが、職場のごみを拾っても褒められなければやらないというのと似ていると思った。

 

 「売れない時は堂々と売れ残ってやる」という言葉も胸に残った。私は二十歳で今だに彼女ができたことすらなく、童貞ということがコンプレックスである。それを「もてない時は堂々と持てない」と考えていく。都合がいい男にしかなったことがなくそれを知るたびに病んでいた。このような性格になったのも幼少期の親の育て方に問題があったのだろうし、だいたいポジティブな性格な人って親とすごい仲がいいしそれを感じるだけで病んでいたが「病む」という行為はその場を傍観し、ただ嘆いているだけの状態であり、その時間は何の生産性もなく無駄な時間である。次の「悩む」は「病む」と訳が違い、「どうしたら、もう失敗しないのか」と考えることにより生産性のある行為である。一文字違うだけでここまで差がある。どうしたら自信がつくか、どうしたらモテるか、、と改善していくことができる。私は病んでいた時は、スマホにかじりついていたり、ヤケ酒、ただずっと寝てる(眠くなくても)など本当に無駄な時間を過ごしていた。今日からは病むではなく悩むようにしよう。またこのような感じで無駄な時間を過ごしすぎたので子供のような二十歳であり、周りとの差が垣間見えるように感じるようになった。この前まで俺と同じくらいの人が成長しまくっているのを見ると病んで仕方がないが悩むことで考えて行動して成長していく。このまま病み続けてもあっというまに25、30とおっさんになってしまうだろう。30で子供のおっさんとか気持ち悪いしその前に何かの精神病にかかって再起不能になると思う。

 今の文で年に重点を置いていたが、年は事実であり、年齢はどれだけ生きたかは教えてくれない、どう生きたかは教えてくれない。であり、どれだけ生きたかよりどう生きたが人を決める。二十歳だからとか、もう三十路だし。と考えるのはやめて、とにかく行動することが大切。二十歳だから店長は無理だとかもう三十路だから何か挑戦することは無理だといっていたら。極論なにもしないで気づいたら死んでるだろう。

 

 ざっと書いたがこの本を読んでの必ずやるアクションプランを箇条書きしていく。

・嘘でも笑顔

・背筋を伸ばす

・大きな声で話す

・服装を柄がついた派手なのに変える

・自己受容

・病むではなく悩む

・年齢は気にしない

・自分に嘘をつかない

とりあえず書いた。自信のあるふりをするなどの抽象的なアクションプランではなく、細かく設定した。これから足したり引いたりそれを体得したりしていくだろう。とりあえず昨日の自分より自信、活力がある自分になる!

てか殴り書きで書いたら自分でも読みづらい笑

今日を始まりの日に

いつからこんなクソみたいになったのだろうか・・

 

 私は現在fラン大学に通っているがろくに授業も聞いていなく、昼間は寝て、夜は昼に寝て目が冴えて寝れないから適当にネットサーフィンや通話をして時間をつぶしている。

 

 もう時間を浪費しすぎてしまった。貴重な10代も特になにもやらなかった。かれこれこの生活を半年続けており、クソみたいな生活を続けている。もうすぐ21歳焦りが募る。こんな幼稚な21歳はいないだろう。友達にも言われる。最近では家族とすら話さなく、近所の人にはろくに挨拶すらできなくなり、友達の誘いもあまりないし、誘われても滅多にいかない。しかし誘われないというのはしんどいものである。

 

ある日何かとてつもない孤独感に襲われ、友達がやっていたマッチングアプリのtinderを使い孤独感や寂しさ、あわよくば優勝(性交)するために始めた。今から2か月前のことである。

 

使ってみると、まず全然マッチングしないことに驚いた。マッチングアプリでは女が売り手市場のようだ。それでも2人とマッチングしてライン交換から電話へと順調に続いたのでその2人を紹介する。

 

1人目の名前は常にスナック食べていて太っていたからボストロールと言うことにしよう。(ビデオ通話で確認)そのボストロールはtinderで初めて、ライン交換から電話へ初めて発展した人である。

 

初めて女子との初めての電話に少し緊張していたが、相手が主導権を握ってくれたので助かった。

 

しかしボストロールはマウンティング野郎と知ったのはブロックされてからのことである。恋愛の経験が皆無のぼっちの男にとっていくらマウンティングをとられても電話を切ることはなく、孤独感や寂しさを感じることから逆に切られるのが嫌だと感じていたので「そうだね」など肯定的な返事をしていた。

 

この頃は遊ばれていることに気づいていなかったのが今思えば弱い物をいじめる感じでにやけながら電話していたと思う。電話の内容として覚えているのは最初の電話の経験人数の話である。童貞の私はいきなり?と思ったがtinder女子はよく聞くことだと最近わかった。

 

ボストロールは経験人数がどうやら20歳で6人らしい。これを聞いて童貞の俺はビッチだなあと思った。私は正直に童貞と言うとすごく驚かれた。まあ20歳で童貞というのは拗らせてんなーって自分も思う。

 

童貞と告白してからボストロールのマウンティングが始まった。最初は鬼電である。出ないと、なんで出ないのとしつこくラインがきた。それでいて私が電話するとまるっきり無視である。とてもみじめだ。まあ寂しさを紛らわすため、あわよくば優勝するためにそれでもボストロールからの電話に出続けた。焼肉にも何回か誘ったが今忙しいと家でポテチを食べながら言われていた。この時にはもう私と行く気は0に近かっただろう。

 

電話に出た時間はおよそ100時間に及ぶ。またブロックされる終わり頃には障碍者手帳取り入った方がいいんじゃないと言われていた始末である。それで最後は私彼氏できたんだわぁーといいブロックされた。まあ中学生の頃からたばこを吸っていたらしいしあまりいい育ちではないのだろうと言い聞かせた。ブロックされて時間が立つにつれ100時間も無駄にしたことと嘲笑っていたことに怒りの感情が沸きあがったが。その頃にはtinderの2人目の人とうまくいっていたのでどうにか抑えられた。

 

 2人目は看護学生で20歳の人である。初めて電話した感想は声がかわいいことで、特に寝落ち後つなげっぱにしていて朝起きておはようとささやくのは最高だ。

 

 ただがっかりしたこともある。まず経験人数が2桁だということだ。これには幻滅した。なぜかというと1個上の私が童貞だからにつきるだろう。2桁分の男はとうの昔にその子とやっていたということを想像するだけでもきつい。高校生の時からやっていると仮定し私の高校生の頃と照らし合わせると最悪だ。自分がぼんやりとおばさんとバイトをしていた時、釣りをしていた時、バイクに乗っていた時にその子と付き合っていた人や周りの人は優勝しまくっていたのだろうと。

 

 また子供の頃から空手、ピアノ、英会話、バスケ、陸上をしており、弟があるサッカーチームに中学生の内からスカウトされていたという。スポーツができる一家なのだろう。それに比べ私は空手はやっていたが黄色帯で挫折、卓球も1年で挫折・・挑戦もろくにしていないし挫折で終わったことしかない。焦燥感、劣等感・・いろんな感情に押しつぶされそうになる。

 

 私がこのようになったのは原因論で片付けると親のせいに尽きる。幼稚園、小学生の頃から親に罵倒されたり、暴力をされ続けたことで内気な性格になったこと。本当に今でも親ガチャの外れを引いたと思う。育ててもらった感謝は一ミリもない。だからか家族と仲が良い友達などを見るといらいらするし、そう感じる自分に自己嫌悪を抱く。結局人のせいにしてもなんもならないけど。自分の心理は人に嫌われたくないから全然しゃべらないのかと考察。もっと自由奔放に生きればいいのに・・

 

看護学生の人は家族と仲が良く多分そのままひまわりのようにすくすくと育っていったのだろう。自分はというと日の光を浴びなかったへちまである。その正のスパイラルと負のスパイラルがゆきだるま式に膨れ上がり20歳の同い年にして埋まらない差ができた。

 

 まあ、自分語りはこれくらいにして看護学生とはなんとかドライブに行くことができた。ただしゃべることがなさすぎてほぼほぼ無言の6時間にわたる長いドライブになった。多分過去一つまらないと言われても仕方がないだろう。その後のメッセージは淡泊になり「うん」や「寝てた笑」など明らかに距離を置きたがっている。

 

 自分のレベルと釣り合っていないことを感じる。なので1回距離を置いて12月まで自分磨きに専念することにした。まずネットサーフィン、通話など無駄な行動を断捨離した後、自分磨きとしては、とりあえず学校の勉強を受け(当たり前の事だが受けていないから)、ランニング、筋トレ、たんぱく質中心の食に変更、週一一冊読書、人と会話をしない日があるくらいなのでコンビニ店員にありがとうを伝えるこれで少しずつ自分に自信がつけられたら万々歳である。